無理ある暮らし



無理ある暮らし

東京を引き払うことになった。

ここのところ、ブログは今までのストックだったり色々凌いできたのだが、ちょっと更新できるかわからない。

こんなブログでも楽しみにしてくれる方がいらっしゃるのだから、何の告知もなく更新が止まるのは失礼だろうと思いブログを書いている。

push勉強会もこれからはオンラインでしか当面出来ない。

人生ままならんものだ。

が、人生が上手くいったことなどないのだから元に戻っただけだと言える。

環境がまた激変するので、しばらくは生活を立て直すことで精一杯だ。

希望は儚い。

なければ生きていけないが、それが全てになっても生きていけない。

希望の奴隷にはならない。

常に今を生きたいと思う。

どんなものも変わらずにはいられない。

変わらないものなど死んでいるのと同じだ。

何度も打ちのめされては立ち上がってきたが、さすがに今回は堪えた。

ただ、やらない後悔よりはやって後悔するのは主体性を持っての行動だったと言える。

他から見て間違っている行動であっても、自分はやりたかった。

そもそも勝ち目は無かった。

そこに賭けた自分は愚かだが、そうしたかっただだけだ。

何の後悔があるというのか?

勝ち目がないから、勝負しなかったのか?

勝ち目があるから、勝負するのか?

そういうことではない。

そんなことを考える余地もなかった。やむにやまれなかった。

他人に忠実であるのではなく、自分に忠実であることは守れた。もとより人並みは望むべくもないのだ。

さ、ここからは痛みを抱えての撤退戦となる。

無理ある暮らしを無理ない暮らしにする挑戦だ。

大丈夫。クズであることなんかずっと前からわかっている。

前のめりで死ねますように。自分の気持ちにだけは誠実でありたい。











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