ファッツの思い出



出張先で猫を見た。

人相が悪い、茶トラの猫。ホテルの近くにあるアパートの洗濯機の上で眠そうな顔をしてこちらを見た。

ファッツか。どこに行ってたんだよ。

そんなわけはない。もう、ファッツはいない。

ファッツにはじめてあったのは寒い日だった。

仕事がおわって狭いアパートに帰る。洗濯機がアパートにあって、そこはちょうど日が差し込んで暖かくなる場所だった。

そこに子猫が倒れていた。

かわいそうに、こんなところで息絶えたのか。

せめて埋めてやろうと手にとったら、か細い声で鳴いた。

切り傷もあった。猫と暮らしたことはなかったが、急激に命が失われていくことがわかった。

慌てて獣医に連れて行った。

獣医が言うには、この切り傷は人間につけられたものではないかという。「で、どうする?」と聞かれた。

ファッツと自分の暮らしが始まった。

当時住んでいた高円寺のアパートでは、猫と暮らすことは無理だと言われた。

で、大久保に引っ越した。今の大久保と違って、昔の大久保は騒がしく、ちょっと薄暗い町でもあった。

痩せっぽちだったから、大きくなるようにファッツと名付けた。

ファッツ・ウォラーも好きだったし、ファッツ・ドミノも好きだったのもある。

ファッツと暮らした時期は、特に古いブルースとジャズを聞いていた。

部屋には本とCD,ギターとアンプくらいしかなった。

うるさい町は自分にとっては好都合だった。多少ギターの音がうるさくても問題はない。ボロい部屋だからファッツが爪を研いだところで家主も気にしない。

ファッツはよく本を読むときに邪魔をした。

そんなんばっかりよんでも、かしこくならんへんで

そういいたかったのだろうか。当時は日本のどうしようもない私小説を浴びるように読んでいた。

賢くならなかったよ、ファッツ。

ファッツは、人相が悪く、気難しい猫だった。ファッツを撫でようとすると、爪を立てた。上から手が来るのが怖かったのだろう。

何度も、ギターを弾いている時に膝に乗ろうとしたが、逡巡して、乗れなかった。そのかわり、頭をいつも自分にぶつけていた。

ファッツを病院に連れて行った時、くるんだ毛布があった。ファッツはかごが好きだった。かごに毛布を敷き詰めたのだが、それもボロボロになった。ちょっとお金がはいったので、新しい毛布に変えたら、ファッツは家出した。

ファッツは人相が悪く、気難しい。繊細でもあった。毛布が捨てられたことで、居場所がなくなったとでも思ったのだろうか。

大久保は交通量も多く、事故が不安だった。なんとか2週間掛けてファッツを見つけ出して、新しい毛布でくるんで家に連れて帰った。手が血まみれになった。ファッツは新しい毛布で眠るようになった。

ファッツはかご以外では、洗濯機の上が好きだった。自分が帰ってくると、いつも洗濯機の上で眠そうな顔をしていた。台所の窓は開けっ放しで、いつでもファッツが入れるようしていた。ファッツは家を守っていたのだろうか。

みまわりごくろう

ファッツは自分が帰ってくると家に戻った。

守っていたといえば、ファッツはよくセミや、ネズミやヤモリを取ってきた。新宿でこんなものとれるのかと思ったものだったが、厚意をうけないわけにはいけない。食べるふりをしたものだった。

おおきくなるんやで

そう思っていたのだろうか。夏は毎日セミをとっていた。ファッツは子猫のときに、セミを食べて生きつないだのかもしれない。

ファッツは気難しかった。気に入った缶詰があったのでまとめ買いすると、ある日、突然飽きる。頑として食べない。

こんなのうんちといっしょや

砂をかける。

結局根負けして、他の缶詰にした。ファッツとの思い出は無数にある。ファッツから学んだことは多いが、また気が向いたときにでも。

 

 

 











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