2018年こそ無理ない暮らし



2018年こそ無理ない暮らし

2018年も、無理ない暮らしを実現するためにいろいろやっていこうと思います。

去年のまとめを見ると、無理ない暮らしというのは無理があった。やっぱり。看板に偽りありですね。

移動が苦にならない人なら移動し続ける生活は楽しいんだと思います。移動そのものに価値を置く人には良い生活もしれないですけど、私には辛い。

自分の関心がある領域は音楽とトレーニング。この2つは移動と極端に相性が悪い。身軽なことは良いんです。

別に仕事をするだけだったら、こんなに大変じゃなかったと思います。ギターや機材を持って歩く必要があるのかといったら、私にはあるんですね。

私は音楽やトレーニングがないとあっという間に萎れてしまうんですね。仕事も大好きですけど、音楽とトレーニングがあってはじめて快適に過ごせる。

これが私のミニマルなんでしょうね。

物を減らすことが自己目的化しないようにする

物を減らすだけならギターとAbleton PUSH2を捨てれば良い。iPhoneやiPadでも音楽は作れます。

でも、私はそれがやりたいわけじゃない。物を減らすことが自己目的化してしまいそうになります。脳のメモリ少ないですからね。

捨てるということは抗いがたい快感があります。捨てるのは、自分がやりたいことを快適にやるために捨てるわけですけど、それが狂いそうになる。

音楽を作る時に、私は何らかの身体性が欲しい。これは、もうはっきりしている。

自分が重要視する快適さを維持するのを一番にしてあとは全部捨てる。それが去年のやり方でした。すてることや省スペースだけを目的にしない。本当にすぐぶれそうになるのを自覚してます。

制限があるなかでも、自分の捉え方ややり方で快適さを上げられるものだと思っています。

その結果が深夜のファミレスでのAbleton PUSH2のプレイというのは異様なものがありますけどね…

まだ捨てる

とりあえず、自分が楽しんでいる時間が長かったら生活の質は上がるという単純な仮定で2017年はやってみました。これを2018年はもっと突き詰める。

健康は最優先。当たり前ですけれど、体壊しているとすべての生活の質が落ちます。

不健康が恐ろしいなと思うのは、身体的、精神的な辛さが生活のすべてになってしまう。もちろん、体が弱いのは自分という人間の一部であることは否定しません。

でも、その中で出来ることはあるんですよね。痛みで思考停止しない。動けないなら、動けなくなる前に考えておく。

動き続けることが出来るために、生活に伴うコストを減らす。それは経済的なことでもあり、精神的なコストであり、身体的なコストを減らすことなのかなと思っています。それが捨てることだとするとまだ捨てることが足りない。

自分のリソースが少ないのは仕方ない。それを増やす努力は当然するべきですが、使えるリソースはコストを減らすことでも増える。

卑近な例で申し訳ないんですけど、今いるマンション寒いんですよ。エアコン使っても寒い。これ、別にホットカーペット買ったりすれば解決しますよね。体の不快さがあるのに、自分の体の声に耳を傾けていないんですよね。

なんでそれが出来ないかというと、自分が判断するリソースがないから。そのリソースって、結局は時間なんだなと。

気になっていることを精査する時間が足りないということなんだと思います。こんなことでさえ私は気づけなくなる。

だから自分がいかに鈍感ってあっても気づける仕組みづくりをすれば良いのだろうと。私の場合はGTDを徹底することだと思います。

時間を確保する

仕事の時間を制限することが一番大事そうです。仕事の量をまず制限します。

仕事の時間を制限する事は、当然収入は減るということです。今の仕事の効率化は限界近くまで来ているという結論です。

どこまで効率をあげても、労働時間を減らす限界はある。最終的には自分が判断をくださなければ行けない以上、組織でやっていても減らせる時間の限界はある。

究極的には不労所得を増やすか、生活コストを下げるかでしょう。どっちも少しずつやれば良いのだと思ってます。

あとは、この仕事から撤退することも考える時期に来ているのだと思います。借り入れを増やしてレバレッジを掛けるやりかたは当然ありなんですが、私がやりたいことじゃないですしね。

私は生きるために仕事をしているのであって、仕事のために生きているわけではない。仕事は大好きですが、自分が満足なサービスを顧客に提供できるから、仕事のモチベーションがあるわけです。

欺瞞といえば欺瞞ですが、自分でないと出来ないと思わなければ仕事はできない。自分の経営者としての限界は自分が目が届く以上の仕事をやりたくないことですね。

住む場所を考えても良いのかなと思っています。固定費用を下げることも可能だし、アレルギーの酷さを考えると、その時期だけ住む場所を変えるほうが、トータルのコストは下げられて、時間あたりの生産性があげられるかもしれない。

自分でコントロールできるところを考えたら、仕事の量を減らすしかないというのが結論です。自分のリソースは非常に少ない。なら、その中でとびきり上手く出来ることをもっと考えなければいけない。そのために、考える時間が必要だなと。

自動化はもっと考えようと思っています。生活で生産性に寄与しない部分で自動化できるところはしたい。まあ、落ち着いた環境がないとそれもできないので、少しずつですね。

絶望しないし楽観もしない

絶望は可能性がすべて固定された状態と規定して良いと思うんですが、大抵の場合は悲観的なのも楽観的なのも論理的な根拠は希薄じゃないかと。

どれも均等にバイアスがかかっている。

自分の傾向として悲観的になりやすいのはわかっている。

ただ、事実をフラットに見られるようになりたいと思っています。そのために、記録を徹底する。

Ableton PUSH2が面白いのは、自分が前進している感覚が味わえること。考えることで進歩できる余地が大量にある。

前進している感覚があれば、冷静にタスクを切り分けることが出来る。

問題はなんであるか設定できた時点で解決できる可能性が高くなる。できなきゃ諦めるか、他の人に任せるしか選択肢はないわけですから。

自分の場合は、自分でコントロールできるところが少ない。だから、出来るところを上手くやる。

トレーニングもそうです。パワーリフティングで、これだけ怪我があったら、劇的に挙上重量を挙げることは無理です。それは充分わかっている。

ただ、怪我との対処方法を学ぶことで、今ある自分のリソースの中でのベストをつくすことが出来るのではないかと。

結局、自己効力感がないと進めない。それは他人の承認ではなくて、論理的であるということでも養えるのではないかと。

前進する感覚を失わないために好きなことをやる

今年はAbleton PUSH2をもっと上手く使えるようになることとパワーリフティングですね。人生迷走してますね。

Ableton PUSH2は本当に面白い。今まで学んだこと使えるのも面白い。まだ、奏法が確立していない面白さもある。新しい音楽のフォームはかならずテクノロジーと関わりがあると思います。MPC以来の革新ではないかと思っています。

J DillaがMPCで作ったビートが還流して、Chris Daveに至った。もしかしたら、さらにPUSHから他の楽器につながるかもしれない。

マイルスやコルトレーンみたいプレイヤーが出てくるんじゃないかと思うこともあるんです。笑われるかもしれないですけど。

技術の伝播スピードも昔と今では違う。Ableton PUSH2の情報をまとめようと思ったのは、すごい才能が身近なところから現れるかもしれないと感じられるからですね。

凄いプレイヤーが出たら、そのプレイをみたらもっと演奏が楽しくなる。毎日検索すると、世界中のPUSHのプレイヤーがそれぞれのスタイルを作りつつあるのがわかる。

ブログが面白いのは、面白いと思っていることを伝えられることですね。これは、自己関与できる部分が増えることですから。どこかでAbleton PUSH2をやってくれる人がふえたら、自分が楽しめるコンテンツが増える可能性あるんですものね。

自分でコントロールできるところが増えると思えば、他のことも思考停止せず前進できる。

Ableton PUSH2の練習もしっかりしたい。ボイシングもそうだし、運指も考えたい。フィンガードラミングももっと考えたい。

あと、料理。料理に関しては、落ち着いた環境でしっかり作りたい。今年は肉類の調理の精度を上げたい。

まとめ

好きなことをやる。もっと捨てる。仕事は限定する。考える。

まとめたらあまりも簡単ですね。込み入ったことだと思っていましたが、錯覚でした。

飲みながらやったので適当な文ですがご容赦ください。酔いが醒めたら唖然とするんだろうな。(しました。)

2018年がみなさんにとっても良い一年でありますように。PUSH2、楽しいですよ!

 

 

 

 

 

 

 











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