思考力を使わないための技術



思考力を使わないための技術

一日に決断しなければいけないことは多い。改めて考えなければいけないので、自分へのメモとして残す。

何をやるか、やらないか。

生きている限り、決断することが逃れられない。そのことに対してはいくつかの選択肢がある。

  • 今やる
  • 今はやらない(後でやる)
  • 二度とやらない

シンプルな話だ。

そのはずなのに、何かを決定することは疲れる。それはなぜか。そして決められないこともある。それはなぜか。

一日の思考力には限界がある

これは誰でも同じだと思うのだが、残業7時間やって日付けが変わったあとに、何か重要なことを決定しなければいけないとする。

まともに考えることは出来ないだろう。

それぞれの制約条件があって、考えるのに様々な事を考慮しなければならないことは多い。

だから、一日で重要な決断をしなければいけない時のために、思考力をうまく節約することが重要になる。

一日の思考力をうまく使うためには

出来るだけパターン化する。あるいは自動化する。

病気がある人間はパターン化が困難だ。些細なことで体調が良く崩れて、ただでさえ乏しい思考力が、苦しみとの戦いで削られてしまう。

思考が明晰でないことの方が多い。

その為、決断する機会を減らすことで対処してきた。

身の回りのものを単純化する

衣服に関しては、同じ物を購入することにした。

着る組み合わせに関しても、リスト化した。

ネットで買えないものは買わない。体のサイズは測って把握してあれば、問題ない。定期的に捨てるようにリマインダーに入れてあるので、服に関しては思考力は使わない。

定番を決めてあれば、変更するとしてもその中での選択なので、思考力を使わない。

行動の閾値を下げるために習慣化する

家事はやらねば生活できないから、その為の閾値を下げるために訓練した。

デスクから離れる毎に何かを片付ける。

一回に一つ以上の事はしてはいけないとルール化した。それだけでも家の中は片付く。外出するたびにかならず買い物する。病院にいる間に電話する必要があるものはする。

物を多くしたくないのは、管理コストが掛かるから。物がある事で考えなければいけないことが増えるため。

体調が最低の時の選択肢を用意しておく

体調が悪い時は、家事もままならない。自分で調理することも無理な場合、買い物に行くのも、出前を頼むのも億劫だ。

だから、保存がきいて、カロリーPFC比率が分かっているものを常備しておく。

仕事では、読めば良いだけのものを整理しておく。

電話はとらない

電話はとらない。連絡はslack,チャットワーク、messengerなどに限定した。

電話は割り込み処理が派生する。

もう一度決定しなければならないことが増える上に、やっていたことが中断されて、それまでに使った時間が無駄になることがほとんどのため、電話はとらない。

電話は使わないが、外での仕事以外はほぼ問題はなくなった。

電話を使わないことで体調が悪くて起き上がらなくても仕事が出来るようになった。寿命が伸びたのと等しい。

先延ばしにするという判断を訓練する

これはまだ上手に出来ないけれど、以前に比べたら出来るようになった。

疲労がある状態で思考はまとまらない。循環思考に陥りがちなので、迷うなら早目に判断を留保するようにするようにしている。

他のことで自分が処理できることを処理すると、思考力が戻ってくる。メモリが不足してるPCみたいなものだと思っている。自分は常にメモリは足りない。

ポンコツなのだから、処理速度を上げられない。ならそのかわり、処理しなければいけないものを減らすようにする事と、上手な処理の順番を考えるようにする事で対処する。

迷わなく行動するリストを作っておく

先延ばしにする行動と同じで、特定行動に関しては迷う時間をカットするために、いくつかの行動はこうすると決めた。思考力があるときに、自分ならこう考えるというリストを作った。

残しておくか捨てるなら、捨てる。購入するかどうかなら一定金額までなら検討しないで購入することにした。

考えている時間働く方が結果的にその時間で得られる資金を増やせる。

仕事で必要だと思ったものを比較検討するなら使って学んだほうが早い。

明日、自分が同じ状態である保証がない。自分が20代なら迷う時間がある。

爆弾があるのに、迷う余裕が与えられていないことをもっと意識する。

改良の余地はまだまだある

これは2018年度版自分マニュアルみたいものだから、内容はまた変わるだろう。

もっと力を使わないように生活を組み立てるように考える。定期的に自分の内面を見つめるようにしないと簡単にバランスを崩す。

こまめに休むことが結局思考力を無駄遣いしない事になる可能性が高い。

自分はもうはっきりと下り坂に入ったと早い段階で自覚できたのは良かった。自分がいかに普通の人に比べて足りないか。

18から老人みたいなものだ。乏しい能力で学んで、センスの無さも技術と学習で必死に補ってきた。

だが、技術を学ぶのはそのうちできなくなる。残念なことだが。

出来ることを限りなくうまくやるしかなくなる。

技術という言葉にこだわるのは、学ぶことができるものだと思っているからだ。であるなら、どんな人でも進歩できる可能性がある。天才でも、心優しい誰かでも、俺のようなクズであっても。

体力の低下は思考力の低下だ。集中力を維持できなくなっているのは知的能力全般が落ちていることだ。それは認めざるを得ない。

戻る事はないだろう。

その中でどうするか。行きつ戻りつ自分にとって良いものをずっと探す事になるだろうな。

最後には、自分を自分にしていたものが崩れるだろう。

それでも、ちょっとでもマシな人間になれるように。歯を食いしばってでも、最後までヘラヘラ笑ってやる。











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