無理ない暮らしをするためのチェックポイント 2021年6月 無理を無理でなくするためには

スポンサーリンク
無理ない暮らし
This article can be read in about 7 minutes.

ブログを再開することにした。

無理がない暮らしというのがどんな世界に生きている人にも難しくなる状況で、どうすればいいかまた試行錯誤していくことになる。無理ない暮らしにするためのチェックポイントも自ずと変わってくるはず。まずは記録して考えていく。今のところは3点だろうか。

では、振り返ろう。

快適な時間を長くするか不快な時間を短くする

疲労がもっとも生活の質に影響する。体調が悪いことは本来なら快適な時間をそうでなくする。疲労があると全てにおいてのコストが跳ね上がり、不快な時間が増加してしまう。

わかっていた。わかっていたつもりだった。

が、歳を取るということは穴が空いているバケツで水を汲むような行為と近い。今まで以上に工夫が必要となった。

仕事の量を大幅に減らしたことで、生活の質は上がった。とは言え、まだまだ疲労が抜けていない。頭がしっかり働かないし、文章を書くのも以前ほど早く書けなくなった。もともとボンクラで、頭は働いてなかったか…

自己評価が高すぎますかね…

大阪に引っ越した時に、仕事の内容を教えることに変えた。去年にやりすぎた。コロナで変わった環境に適応するに精一杯だった。今までのやり方を変えざるを得なかった。

また、無茶をしてしまった。もうこれ以上無茶をしたら終わる。今年を含めて3年で教えることからは引退する。スタッフにも伝えた。

どうやって生活するのか考えていかなければならないのだけれど、仕事の内容は変えてもチームを変更しないやり方がいいのではないかと思っている。ストレスの多くが人間関係から起因する。思い知った。

で、あるなら仕事内容が変わるから、人を変えるという考えはではうまくいかないのではないか。

はじめからその人達と出来ることで仕事を組み立てる。小さな仕事を束ねていけばなんとかならないか。

自分を含めてスタッフ全員が病気があったり、普通の働き方では働けない。が、在宅で出来る仕事であれば働くことが出来る。

かつての生徒たちが、体を壊して仕事がないか相談に来ることがある。そんな時に本当にちょっとでいいから仕事が出来る場所を作っておきたい。結局の所、自分が大事に思う人間が楽しければ自分も楽しい。単純なことだ。簡単ではないけれど、諦めずに考える。

PUSH勉強会をもうちょっと拡張してもいいかもしれない。もう別にPUSHに拘る必要もないし、LIVE全体に広げるとか、パッドに広げるとか。どんな人も生きるに無理がある時代となってしまった。音楽をやめても簡単に再開できる仕組みづくりはできないか。

このあたりはもう少し考えを詰めていきたい。

食事を作るのも億劫だった。

ひょんなきっかけで、オンラインで一緒にご飯を食べることにした。

調理過程をみせるというのが存外に楽しく、調理も楽しくなった。大変なことでも、ある種のゲーム感覚や人に見せるということで不快な時間を快適にすることが出来た。Uさん、ありがとうね。

自分が大事に思う人間や好きなことに時間を使うこと。彼女が自分の機嫌を自分で取れる人間で凄い女だなと再確認した。本当、体調悪い時に気持ちが明るい人がいると助けられるのだなとわかった。

コストを減らす

精神的なコスト、金銭的なコスト。コストはすべて時間に変換できる。時間を買う。もっと徹底しなければいけない。今以上に時間があることはないのだから。

6月はいろいろ工夫した。新しい冷蔵庫を購入した。

一日3食作って、彼女の分の弁当まで作ってるのに彼女が一人暮らししてたときの冷蔵庫で1年間やりくりした。買い物の回数が減らせるのは嬉しいです。もうね、暑いところに買い物に行くのがしんどいですわ…

いやあ、両開きはいいですよ!テンション上がりますね。引っ越した時に配置で悩まないのもそうですが、買い物した時に物入れるのも楽ですからね。

あと、鍵盤を完全に使わないことにしました。

LinnstrumentというMIDIコントローラーを買いました。200パッド。え、あんたLaunchpadXを買ったんじゃなかったのって?はい。そのとおりです…

パッドの数が多いとポジションを工夫せずにコードワークも出来るなと。左手でコードを弾いて、右手でメロディを弾くなんてこともやりやすい。鍵盤でも弾けますけど、鍵盤よりパッドのほうが自分には楽です。

楽器が増えれば増えるほど、考え、練習しなければならない。維持するためのコストも掛かる。

能力が全体的に落ちていく中で進歩しようと思ったら習得コストを考えるだけでなく、維持のコストを考えなければいけない。

いやあ、歳を取るってマジで能力が落ちてくRPGみたいな感じですよ…

やろうと思ったら出来るということだらけになる。楽にできることがどんどん無くなっていく。限界はない。最後まで前進すると考えた時に、優先順位をもっと考える必要があるということですね。

あたりまえのことだけど、自分はボンクラ。みっともなく試行錯誤しながらやっていくしかないということです。トホホ…

良かったこと

絶望は可能性が固定されることだということは自分の中では結論が出た。

じゃあ、どうすりゃいいのか。考えることしかない。でも自信がないと考えることすら放棄してしまう。

考えることを放棄しないためには、自分はこれだけのことをしてきたという記録があればいい。記録することで対象化できる。その時のコンディションで絶望しない。

だから良いことを書く。どうしても悪かったことばかり自分は目が行ってしまうから。悪いことばかりではなくて良いこともあったのなら、最後まで前進できる。

一番嬉しかったことを書いておく。

スペカンさんに本を書くときに考えたことを聞かせてもらった。

パッドの楽器としての可能性を大きくスペカンさんが広げた。

いろんなフィンガードラムのメソッドがあるけれど、パッドがどういう楽器であるのか、ドラムとはどういう物であるのかを突き詰めたことが、この本にまとめられている。そして、これはパッドの楽器としての可能性を考え抜いた本ということだ。パッドはシリアスな楽器ですよ。本当に。

多くのフィンガードラムのメソッドやプレイは、ドラムを模した方法論だけど、スペカンさんはみんなが自明としているものを当然としなかった。本当にフィンガードラムのためのメソッドなのだ。ドラムとパッドは違う。

入門と銘打ってあるものの、お手軽でという本では決してない。パッドが他の楽器と比すためにはどういう練習が必要なのか要点を押さえてある。でも、突き放したりはしてない。

挫折しないための構成など、スペカンさんが多くのドラマーを指導してきた中で得た工夫が随所に織り込まれている。

レイアウト、習得コストを考えた構成、譜読みの負担を軽減するための気配り。

あまりにも聞いた話が衝撃的だったので、自分でももっと整理してから記事にしたい。

このテキストの背後にある考えを知ったら全員驚愕するだろう。

凄いのは、そんな考え知らなくてもテキスト全部こなせたら叩けるようになるということ。ちょっと書ききれない。

初めてフィンガードラムを習いに行った時に、どうしたら楽に叩けるのかというのを突き詰めていてあまりの考えの深さに言葉もなかった。教わったことがなかったら、今頃パッドも演奏できなかったもしれない。

あの時から発展したものもあるけれど、スペカンさんの中にある考えはすでに完成していた。これが世の中に出て本当に嬉しい。

来月の自分への伝言

体に気をつけましょう。いい加減学習しましょうね。自分のことながら学習能力の低さに驚いていますよ…

そして、あなたがやりたいことは、音楽を続けること。無理なく続けるのが無理なら、それを無理としない暮らしにしようとすること。

愚かなことは変わらない。でも、前進しようとは出来る。どうしたらいいのかという疑問が浮かぶのはおかしいんですよ。あなたが望むものはあなたしか知らない。だから、ちゃんと自分の内側に入る時間を取らないとダメです。

自分の中に入ることが出来たら、望むことはわかっている。望むことがわかっていれば、それについて考えるか、受け入れるしかないのだから。一体何年生きてるんですか…?

文章を書ける余裕がないから書かないじゃない。文章を書く時間を使わないと迷走する。

あなたはボンクラ。集中力も落ちてしまって俯瞰的に考えることができなくなっている。前以上に思考がとっちらかってますよ…

だから休まなければいけないし、仕事はセーブしなきゃいけない。そして、書かなきゃいけない。

まあ、ボンクラなうりなみさんは同じことを繰り返すんでしょうけど…

コメント

Copied title and URL