新年度となった。春といえどもまだ寒い。
暖かくなるのを待ちわびていたが、過ごしやすくなるにはもう少し時間が掛かるだろうか。
ただ、気持ちは前を向いている。今までの自己定義を変えた。なんだ、自分の人生はこんなもんだったかと思う一方で、こんなものでいいと思う気持ちもある。
同じことを何度も迷い、立ち上がろうとしては、またつまづき、進んだと思えばまた戻る。
そんな繰り返しだけれど、考えるごとに強度は増している。同じ考えに立ち戻っても確信は強まっているということだ。
では、振り返ろう。
快適な時間を増やすか、不快な時間を減らす
体調はあまり良くはなかったですね。
繁忙期であることもあったし、出張や介護で移動も多かった。
体調が良ければ快適な時間は増え、不快な時間は減る。体調が悪ければ不快な時間は増え、快適な時間は減る。
体調維持はもう人生終盤に差し掛かりつつあるので注意しているんですが、やっぱり難しい。もうねえ・・・
かなり歩けていたから健康の基準にしているVo2Maxは改善されるかと思っていたんですけど、今まで一番悪い数値となりました。無念。もっと強度が高いトレーニングしないと落ちる一方ですね。


歩くだけではやっぱり心肺機能は落ちていくだけなので、うまくケトルベルを活用したい。
家を離れているとやっぱりあっという間に体はがたがたになっていきますね。移動が今の自分の体力から考えるときつすぎるということなんでしょうね。
ただ、気持ちは前向きだった。後述しますけれど会いたい人に会おうという気持ちが自分を動かした。
自分の中のエネルギーがここ数年どんどん枯渇して来ていることを感じていた。
そこから今月ははっきり抜け出したと思います。
ブログは自分と友達へのメモであり、友達への手紙。
自分へのマニュアルを書いているようなものなので、今後の時間を増やすことができる。
仲間の進歩は自分の進歩と考えているので、ブログを書く時間は快適な時間を増やし、不快な時間を減らすこと。
ブログに関しては振り返りを含めて6記事。数は書けなかったです。
年度末でとにかく慌ただしかった。ブログを続けるための仕組みづくりに時間を使いました。まあ、書いてる量や作っている量としては普段より書いているくらいなんですけれども。
ただ、コミュニティに還元するための記事だけは他の記事より優先して書きました。仲間に向けての手紙であることは自分のやりたいことですし。
そして、3月はとにかくnoteに力を入れました。5記事。
Abletonは12.2になったことで、ほぼ出来上がっていた動画は破棄せざるを得なくなって、やり方を変えることにしました。
いやあ、まいりました…
最終章の7章以外は動画まで作ってあったんで、ちょっと茫然としてしまいましたね。
でも、Autofilterの説明はきっちりしたほうが良いし、ワークフローが変わるものならそれはちゃんとAbletonフレンズに伝わるようにわかりやすく書きたい。
なので、方針を変えることにしました。
そして、1章ごと電子書籍を分冊で販売することを考えていたんですけれど、それもご不便をおかけするなと。
大量のリンクと動画からなるものなら、あれ、noteのほうが利便性が高いのでは…となったので、note用に再構成しました。
いや、これもね。物凄い手間が掛かるんですけどね…でも、やります。
noteのほうが当初構成していた電子書籍より読みやすいんじゃないかな。
だから、電子書籍完成しても利益は出せないんだろうなと涙目になってます。
かなりの時間を掛けて準備してきたんだけどなあ…
でも皆さんに約束しましたしね。気持ち的に一区切りしたいのもありますから最後まで作りますよ。
noteならアップデートあっても入れかえも簡単ですし。noteを元として、そこから電子書籍にしていくと考えを変えました。
地味に過去記事を書き換えたり、途中で更新履歴はつけなくなっているんですけどnote版の作業も週に4日ほどは進めています。
やる以上はしっかり読みやすいものにしたい。アニメーションgifや動画も追加で作りました。アニメーションgifのアプリも買いました。コストが増えて胃が痛いです…
作業は増えるけれど、使いにくいものにしては意味がない。友達に送る手紙で雑なものは送りたくないですからね。
内容に関しては、無料で見られるようにすると皆さんに約束したので最後までやります。
やっぱり、コストには負けたくないんですね。こんなに負けまくってるのに。
馬鹿すぎで笑えてきます。自分の性質って変えられないんだなあ。
値段は付けてありますけれど、プロジェクトファイルとかですから、全くお金にはならないと思っていました。
ですけど、購入してくださった方もいて、励みになりました。ありがとうございます。大変助かります…
ブログ連動だからなんとかちゃんと続けるために利益を出さなきゃいけないというのは、かなりプレッシャーでもあったので。
今まで黒字で行けた年度はなかったですから。
なので、ハードコア・パッドスタイルも頑張りました。というか、パッドが一番の収益源になったという。
一記事しか書けなかったんですけど、良いものが出来たと思います。これは自信があるな。
まあ、これだけのファイルや動画をつけてこの価格は誰も出来ない。
え、誰もやらないって?そうですか…そうですね…
プロジェクトファイルつけて、動画を作ってとものすごい手間がかかりました…
写真もめちゃくちゃ撮ってるし、追記もしてますから。
習得コストを考えて作っているので、むちゃくちゃ重かったです…
作ったけど、今は難しすぎるとかそういうものはあとに回したり、没にしたり。
曲も弾けるように、コピーも出来るように、理論を自然に学べるようにと全体の構想の中で位置づけるのが大変だったけれど、なんとか出来た。
ハードコア・パッドスタイルとそのサブのモジュールまで含めて考えているので、なかなか重かったです。
私がレッスンでやってきたことと学んできたこと。師匠から受け継いだものを全部ぶち込んでやろうとして書いています。
本当はこの5倍位の分量があったんですけど、他の回に移したりね。たくさんのシーンも作った。
第6回で特に良かったのは、特に多くのテキストなどで抜け落ちるようなゴスペル、ブルース的なパッシング・ディミニッシュの使い方などを説明できたことです。
ここで一回説明しておけば、コピーは楽になるし、聴覚上の認識では出来るようになる。応用的なものもマスターしやすいようになるはずです。
今までのレッスンではやっていたことなんですけど、ちゃんと言語化して、パッドで弾けるようにした。パッドならではの特性というのが改めて作ってわかったこともあった。
「パッドじゃなくて、鍵盤やギターでやれば?その方が需要あるじゃん」とドラマーに書いた後に言われたんですけど、ロマンですからね…
本当、君はつまらないやつだな。
だからバツ1なんだよ…
え、あんたバツ2やろって?バツも2つつけばだいぶ面白いでしょう。滑稽なだけですね。涙
まあ、なんですけれど、ハードコア・パッドスタイルを1~6回までやったらかなりパッドでコピーしたり、音楽理論がわかるはず。メイン楽器が鍵盤でない人もかなりやりやすくなる。
音楽を生活の一部にするというのは私がずっとこのブログでやりたかったこと。それは出来つつある。
そういう人が増えたらいい。
できるだけ間口を広げたいと思っているので、基本的な考えなどは無料で動画で見られるようにした。
学習効果を高くするなら有料部分買ってもらったほうがいい。レッスン代と考えると安く設定してある。
私しか現状64パッドのコードやスケール、演奏を体系的に教えられる人は世界でいないですしね。
ギターの人と思っていたけど、パッドの人になっちゃったんだなと思います。
でも、それを引き受けてちゃんとやろうという気持ちになりました。
自分しか出来ないことって、どれだけこの時代にあるんだろうと思ったら、それは素晴らしいことだなと。
私は、デジタル百姓であり、パッドプレイヤーという自己認識になりました。あ、ブロガー(笑)でもありますね。
ずっとドラマーでいられたら良かった。ギタリストでもなく、私はパッドプレイヤー。本当、滑稽極まりない。笑っちゃいますね。
でも、誇りを持って言えますね。色々挫折して自分が到達できなかったところまで、他の人が行けるかもしれない。それなら最後まで自分自身でいられる。
パッドがアイデンティティなのかよと書きながら苦笑いしてます。
良かったこと
仲間達に会えたことが何と言っても嬉しかったことですね。元生徒の結婚式があり、パッドフレンズのgoryugoさんに会い、Ableton友の会のオフ会が出来た。ササキさんやSawryleさんのライブも見られた。

嬉しかったなあ。このためにリハビリは頑張った。体調は思ったほど良くはならなかったけれど、モチベーションは高く過ごせた。
とにかく動きました。
元生徒の結婚式に行き、goryugoさんと名古屋でセッション。ご自宅に泊めていただくなど大変お世話になりました。goryugoさん、ご家族の皆さん本当にありがとうございました。
初めてあったような気がしなくて不思議でした。
goryugoさんの著作やブログを以前から拝見していたこともあるんですけれどもね。めちゃくちゃ楽しかったです…
goryugoさんのナレッジスタックは私のブログが好きな人には刺さるはずです。

パッド談義をずっとしていました。また、goryugoさん遊びましょうね…
goryugoさんから触発されることは非常に大きかったです。
goryugoさんからたくさんのことを学んでいます。
私が受験生を教える仕事を長くしていることもあると思うんですけれど、学ぶことに関してだったり、記録の重要性だったりね。かなりの共通点がある。
意志力を使わなくても出来るような仕組みを作ろうとか。
ここのところだいぶ疲れてしまっていて、我が身を振り返ることが多かったんですね。
ドラマーとして死にたかった。でもそれは叶わなかった。でも若かったし師匠に恵まれて、次はギタリストになった。今度も事故で演奏能力の大半を失ってしまった。
やりたくてやったことではなかったけれど、教えることには適性があった。
けれど、もう、自分の利益を最大化することだけを目的にする人間や、この先格差を拡大し、やり直せない社会になる片棒は担ぎたくない。
翻訳もやめた。
結婚も失敗していますしね。ハハハ・・・
何もかも挫折した。失望ですね。世界に対する失望というより、自分に対する深い失望です。
何度絶望をはねのけてもまた絶望はどこまでも追いかけてくる。よろめきながら生きてます。
親がやらかしたことを片付けるために、自分がやりたい仕事を諦めた。
自分が目標にしてきた人から一緒に仕事をやろうと声をかけてもらったにも関わらず、断るしかなかった。
30の時の自分が聞いたら、絶対に信じないでしょうね。
お前の夢だっただろうと。
楽器を変えて声を掛けてもらえるところまで行けるとは思わなかった。けれど駄目だった。
ああ、こんなことで自分の人生の中で目標としてきたことがまた、今回も眼の前ですり抜けていくのかと。
もう良いやという気持ちにならないようにずっと生きようとしています。
余生にしないように、ずっとね。18からですからね。長い長い戦いです。
でもね。体も衰えていく。
ずっと痛みと戦ってはいますけど、もうここまでして苦痛でしかないものを意志力で抑え続けるのかと。
その果てしなさに疲れて果てることはあります。
でも、あれだけgoryugoさん練習してくださってね。物凄く上達されたのはね、本当に嬉しかったんです。
goryugoさんは物凄くパッド適性が高い人で、私と物凄く相性が良かったのもある。
私と師匠が相性が良かったようにね。
師匠は私に可能性を見て、すごく色々してくれたんですけど、私はその期待に応えられなかった。
人生の中で一番の後悔はそれなんですよねえ。あんた離婚よりそれかいと言われそうですけど、認めざるをえない。
師匠は私が師匠が行けないところまで行けると期待していたのは知っている。
自分も後数年で到達出来ると思っていた。死ぬまで何を練習するか、足りないピースをどう埋めるかもわかっていた。
でも、完成を迎える前に終わってしまった。師匠の技術を引き継いだのは私だけだったのにね。
頭の中にはありますよ。でも、もう、無理です。プレイヤーとしては終わってしまっている。
私の中には、自分で出来なくなってしまったけれど、引き継いだものがたくさんある。
ギターだと出来ないけれど、パッドなら出来ることはたくさんある。
そしてパッドなら、師匠が私に教えたことや私が発展してきたことを伝えることは出来る。
それなら、パッドプレイヤーとして死ぬのは悪くないんじゃないかと。
自分のプレイヤーとしての能力はしれたもんですけど、教えることや情報を整理することは出来る。
10人物凄いパッドプレイヤーが生まれたら、師匠が私に望んで叶わなかった事や私が望んだけれど、叶わなかったことが出来るかもしれない。
10人のパッドプレイヤーが到達しなかったとしても、その影響を受けた誰かがいつか到達する。それは確信できた。
私はパッドのネイティブプレイヤーではない。
鍵盤やギターの発想から完全には抜けられない。でも、goryugoさんはパッドがネイティブになるんだろうと思います。
このまま数年しっかり訓練したらパッドで自由に弾けるはず。
一番上手いのがパッドという人がついに出てきた。
それなら環境を整えるのは自分の人生最後の目標として良い。
私はパッドプレイヤーとして死のうと。気持ちが定まった。
今、自分しか弾けないことや出来ないことたくさんありますからね。
そして、私と同じだけ体系的に教え、説明できる人は存在しない。
自分しか出来ないことって、どれだけこの時代にあるんだろうと思ったら、それは素晴らしいことだなと。
Ableton友の会のみなさんにしても、goryugoさんにしても、pinさんにしてもMeguさんにしても、みんなパッドで繋がったんですよね。
もう、私の人生なんなんですかね。
パッドに導かれる人生。苦笑せざるをえないです。
ずっとドラマーでいられたら良かったんだろうと思います。
もしくはギタリストとして限界まで可能性を追求できたら良かった。
それなら命が尽きていても満足したと思います。
別に大したことなくても良かったんですよ。自分の限界までやらなかったことが無念なだけ。
でも、深く学んだことはパッドに行き着いた時に生きている。これはもうはっきりと。
じゃなかったら出来なかっただろうことがたくさんある。
それなら自分の人生を肯定できるかもしれない。
自分が知識を整備すれば後続のプレイヤーは自分が到達できなかったところまで行ける。
音楽の構造を理解するのパッドより簡単なものは存在しない。それを伝えることは私は出来る。
本当、滑稽極まりないですね。笑っちゃいます。私の行き着くところはパッドかよと。
でも、誇りを持って言えます。
自分がパッドプレイヤーで教師であることを受け入れた。デジタル百姓としてブロガー。何じゃそりゃ…
かっこよくなりたかったのにね。
教える人間なんて嫌いだし出来ないと思ったいたのに人生わからんもんですんね。
持ってるものを全部やってやろうと思っています。レッスンはもう体力的な限界があるから、今くらいが限界でしょう。だから。ここに残していくつもりです。

今月のお酒
お酒はそんなに飲まなかったです。でも結婚式で久々に魔王を飲んだんですけど、実に美味かったですねえ…たまには焼酎もいいですね。
自分が受験生を教える仕事でオンラインで教えた初めての生徒だったこともあるんでしょうね。
働いていてもらっていたこともあるし。教師になったのは自分の影響といきなり言われて戸惑ってしまいました。
私、教師というかインストラクターのつもりなんだけど…
でも、旨い酒でした。人と会う時に少量飲むのが今の私の気分とわかりました。
来月の自分への伝言
うりなみさん、3月は好調でしたね。ここ数年の中で一番元気ではないかというくらい頭も働いていた。
以前の半分くらいの生産性に戻ってきた。
うりなみさん、だいぶ鬱々してましたもんねえ。年齢的に更年期もあるでしょうけど…
気持ちが前向きになれたのは良かったですね。
まあ、うりなみさんは頭が働いても所詮はボンクラということは忘れてはいけませんよ…
そして、あなた、体弱いんですからね。
気持ちが前向きなときは体力に追いつかないくらい物事を進める。いい加減学習して下さい…
うりなみさんは年齢のことなんか考えずに自分を使い倒す。
pinさんと、「僕ら、自分は人件費が掛からないサブスクと思ってる節があるからなんとかしないといけませんね…」と話していたでしょう。
本当にそうですよ。うりなみさん、無理しちゃ駄目ですよ。あなた、こんな名前のブログをやっていながら、世界で最も無理ない暮らしから遠いんですからね。
うりなみさん、人と関わることを昔よりしなくなりましたよね。
でも、あなた、そうじゃなかったでしょう。会いたい人に動けるうちに会いに行きましょうね。
ちゃんと演奏出来なくなったのは誰にも見せたくなかった。
ドラマーとオルガンには感謝はしないと駄目ですよ。あなたを引っ張り出してくれた。師匠があなたにレッスンを引き継せてくれなかったら、生きてない。繋がりを大事にね。
あなたは強運なんですよ、人に常に恵まれている。感謝をちゃんとね。
だいたい、うりなみさん自分で思うほど大したことないんですよ。自己評価が高くて私は恥ずかしいです…
ちゃんとありがとうと伝えに行きましょう。
あなたおっさんなのに変なところがシャイなのは駄目なところですからね。知ってますよ。私はあなただから。
4月はpinさんと遊べるんでしょう。楽しみでしょう。しっかり体調を回復させましょうね。
名古屋も京都も神戸も近いですよ。パッドフレンズもファンクフレンズもAbletonフレンズもたくさんいますよ。
重たいものは捨てて、最後は軽やかに行きましょうね。
ファンキーに。顰めっ面しないで、ご機嫌な爺さんになりましょう。
まあ、ボンクラなうりなみさんは同じことを繰り返すんでしょうけど…
今月の収益
先月と同じく、本日時点の数字で考えます。
PVで考えればブログの上位3%以内に入っている当ブログの収益は惨憺たるもの…

ブログの上位6.5%の収入は月収100万円以上というデータは1000記事のところで書きましたけど、今月はどうだったでしょう。
では、今月の収益です。
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