斜めの関係
甥っ子ってのはちょっと不思議な存在だ。
妹の息子なわけだが、面白いもんだと思う。なぜかなつかれている。
優しくしたわけでもないが、まあ、家に居づらいんだろうなという時は好きなだけいていいよと言ってあった。
構われるのも嫌だろうが、人がいないのも嫌なんだろう。そういう気持ちを持つにはもう歳をとり過ぎてしまったが、かつての自分も通った道だから放っておいた。
学校にも行ってなかったので、自分の仕事場と機材置き場の部屋で好きなだけ遊べば良いと言ったら、どうも楽器には興味があるようだった。
叔父のことを思い出した。
自分がドラムを始めたのは叔父の影響だった。叔父はなんというかちゃんとしていない人間で、酒にも弱いし、金勘定もいい加減で、おまけに女性にもだらしなかった。ちゃんとしてるのはタイムキープくらい。それなら充分か、充分やな。
病気がちだった自分は入院生活が長くて鬱屈した子供だった。家にいるのも憂鬱だったし、運動も禁止されていたので体を使った遊びもできない。
そんな暗い子供時代に叔父が楽器屋に連れて行って言われた。
「うりなみ、ドラムは楽しいで。騙されたと思ってやってみ。お前、音楽は好きやろ。」
騙されたと思う。楽しかったけどさ。
叩いて音が出るのがとにかく楽しかった。人間はわからないけど、音楽は分かる気がした。そんなことなかったけど。どっちもいまだにわからん。
叔父の家にはドラムセットがあったので、それこそ毎日馬鹿みたいに叩きにいった。
音楽やるうちに、一緒に演奏する友達も出来た。少しでも音楽をやる事が前進している感覚を持てる事だと知った。
ありがたいことだ。
親から言っても届かない言葉も、斜めの関係である叔父からなら届いた。
なんか説教するような人ではなかったけどさ。こっちが説教したくなるような人だった。
おじさんはだらしない人だったけど、人生を楽しんだ人だった。ちゃんとしてない大人ってのがいる事で、子供の自分は救われた。
別に何やって生きても良い。病気というのは恐ろしいもんで、できない可能性が多いから、固定観念に縛られがちだ。
甥っ子は感受性も強いんだろう。空が広くて恐ろしいと小さな時に泣いていたのが忘れられない。
怖いよな。
正論は親が言えば良いだろうから、いまやダメな大人となった自分がヘラヘラしても生きられるところを見せればいいんだろうかと思う。
と言うか、素だな。ちゃんとなんか出来ない。
甥っ子は宅録やら練習してるのを食い入るように眺めていた。
自分が使ってない時間は楽器や機材は触っていいと言ったら、それこそ朝から夜まで触っていた。
勝手に自分のアナログのコレクションを聞いたり、適当にドラムを叩いたり、色々やっていた。
甥っ子はファンクが好きで、それからヒップホップが面白くなったらしい。
逆なんじゃないのと思いきや、YouTubeで面白いものを追っかけたらそうなったらしい。
子供はいいと思ったらどんなとこでもいくもんだな。まあ、そうだったか。自分も時代を遡るように音楽を聴いてきた。
ある日甥が聴いてきた。
「うーさん(甥は私をこう呼ぶ),学校行った方が良いかな?」
コーヒーを淹れながら答える。
「学校行かなくても大丈夫。ジョージ・クリントンならそう言う」
甥はコーヒーが熱かったのか、顔をしかめて答える。
「いや、ジョージ・クリントンじゃなくてさ、うーさんはどうも思うの?」
自分はスローンに腰掛けながら答える。甥の身長が伸びたんだなと思う。
「別にどうでも良いしねえ。ヒップホップやファンクに、学校はいらんと思うよ。学校行かんほうが希少価値じゃないの?手っ取り早くアイデンティティ確保できるやろ。まー、ええプレイヤーになりゃいいよ。かーちゃん泣くかもしれんけどさ。」
チューニングキーを自分に渡す。
「え、でも、うーさんは普通に高校も大学も大学院もいったんでしょ?」
タムのセッティングを直しながら答える。チューニングは似てるんだよな。教えもしてないのに。
「まあねえ。でも、怪我しなかったら大学行かんかったよ。」
「じゃあ、大学行って良かったことは?」
「うーん。どうだろう。図書館くらい?割とどの学部の授業も取れたから面白かったかな。それこそアメリカの文化史は音楽の理解するのに役に立ったよ。仕事に役に立ってると言えなくもないかな。」
「なんか、パッとしないね…。」
「人生はできなかった夢の墓場みたいなもんです。ただ、それもまた夢です。あ、でもお前よりヒップホップの歌詞はわかるよ。」
「え、マジ。」
「うん。マジ。そりゃ勉強続けてきたんだからわかるよ。Samさんに聞きゃ大抵のことわかるしね。」
「今から、学校行くの、めんどくせー」
「いや、別にだから行く必要ないやろ。」
「うーさん、一応大人なんだから、そこは行けとか言ったら?」
「え、俺にメリットないやろ。」
「いや、やる気になりかけてるんだからさ、なんかさ、あるでしょ」
「かまってちゃんか…。まったくだるいな…。んじゃ、あれだよ。お前が一応進級出来たら機材やるよ。お前、イヤフォンとiPhoneしかないやろ。一応モチベーション続くように考えてやろう」
「うーさん、マジ神」
みたいな会話をかわして、甥は少しずつ学校に行くようになった。
それでも、時々は自分の所にきて、あいつは音楽がわかってないだの、ダサいなど色々言ってお菓子食ってちょっと演奏して帰って行く。
友達連れてきて、下手なラップして録音したりするようにもなって来た。
甥は、ただ、休む必要があっただけだろう。親や学校じゃなくて、ダメな大人が必要な時もいるんだと思う。
別にレールなんかないよ。ま、初めから脱線してれば、他人も気にならんよ。見える景色も違うしさ。
音楽あれば、お前も生きられるだろ。自分もそうだしな。うちはみんなダメなんだからちゃんとしてなくても大丈夫。
そう言うわけで、maschineやらMPCやらiLoudやらむしりとられました。
妹にお兄ちゃんは甘やかし過ぎると怒られましたが、甘やかされてダメになるより怒られてダメになる方が多いと思ってるので、改める気は無い。
また、会ったらフィンガードラミングして一緒に遊ぶかな。
フィンガードラム楽しいですね!(かなり無理やり)
*事実を脚色してあります。甥にわかったらなんですしね。
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