ファッツとデューク
しばらくやることが色々あるので東京を離れることになる。移動が多い生活は昔からだ。
移動が多くなると物を持つことは難しくなる。多くのものを捨てたり処分して来たのだが、いまだに捨てられないものがある。
猫じゃらし。ボロボロの。
感傷からは遠い人間だと思っているが、そうではないのだろうな。
思い出話を。
ファッツは気難しい猫だった。プライドも高く、縄張り意識が強い猫だったので、いつも他の猫を見るとケンカを仕掛けていたものだった。
ファッツ、そんな喧嘩ばっかりしなくても良いんじゃない?もう、すごく強くなったんだから、そんなにぼこぼこにしなくても良いと思うよ…
わかっとらん。うりなみは。ねこのせかいはきびしいんや。じぶんのばしょはじぶんでまもらんと。
リバイアサン的な世界観だね…
集会とか、猫なのにいかないの?コミュ障?
ここうっていうんや。ひとりのじかんをたいせつにするのがおとなや。
などと会話を試みたのである。
深夜に部屋に帰って来たら、ファッツが色々訴えてくる。
たいへんや!
よくわかんないけど、ついていけば良いのね。
金木犀の香りがする夜だった。
アパートから玄道に出るまでにちょっとした小道があって、ファッツがずっとニャーニャー言いながら連れてきた。
小道の脇の植え込みに子猫が倒れていた。ファッツと同じく茶トラの子猫。
うりなみ。たすけたって。
まだ、息はしている。目ヤニもひどくて、おそらくノミだらけ。ガリガリで生きているのが不思議なくらいだった。
病院連れてくからまってて。
いやや!わるものところや。
病院まで行くときには道路渡らなきゃいけないから留守番してて。
なんとか助かったその猫と暮らすことになった。
名前はデュークと名付けた。ジョージ・デュークも好きだし、デューク・エリントンも好きだったから。
デュークも元気を取り戻したようにみえた。
デュークは深夜に大運動会を始めるので、大変だった。
ファッツのお気に入りの猫じゃらしはデュークのお気に入りにもなった。
偉いもんだと思ったのは、デュークがじゃれてファッツにパンチしてもファッツはやり返さない。
ファッツ、デュークは自分のことファッツより強いって思ってるよ。良いの?普段だったらボコボコにするじゃない。
こどもはしかたない。
ファッツは猫パンチされて迷惑そうにしながら答えたように思えた。
まあ、でも、自分のご飯食べようとしたら頭を押さえつけたりしてるよね。子供はしかたないんじゃなかったの?
れいぎはだいじや。しかたない。
猫の世界も色々難しいんだね…
だが、デュークとの暮らしは長くつづかなかった。
デュークの食欲がなくなった。夜の大運動会もなくなった。
デュークは猫エイズだった。
デュークは一日中机で眠っていた。ファッツもあまり出かけなくなった。
冬を迎える前に、デュークは静かに息を引き取った。
最後には拾った時と同じようにガリガリになってしまった。あんなに腹ペコだったのに。
息を引き取ったデュークからファッツは離れなかった。
うりなみ。たすけたって。
ごめん。助けられない。助けたかったけど。ファッツが思うほどの力はないんだよ。
たすけたって。
ごめん。
ファッツは物思いにふけるようになった。デュークを見つけた植え込みで一日中座っていることもあった。
ファッツは猫じゃらしで遊ばなくなった。ファッツの子供時代はデュークとともに去ってしまったのだろうか。
猫じゃらしを見ると、ファッツとデュークと過ごした時間を思い出す。
二度とは戻らぬその時間を。
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